dc.watchに、そういう気になる記事が出ています。

カメラファンがこう聞くと、先ずは、

富岡復活か?
ツァイスか?、シュナイダーか?ローデンシュトックかあ?


などと騒ぎたくなる所ですが、何だか夢のある話ですね。
たしかに、京セラオプテックが、タムやコシナのような感じで、
今のデジカメ市場に参入したら盛り上がるでしょうね。

気になるのは、メーカー側ですが、複数社から話が来てるという事です。
ただ、ツァイスはないよね・・今コシナとタッグ組んでるんだから。。

まぁそんな詮索はいいとして、そういう一般デジタル市場向けの話かどうかは
わかりません。

富岡光学自体、写真用レンズの生産だけではなかったであろうと思いますが、
ヤシカ、京セラと、カメラ屋に吸収され、推移してるのを見ると、
結局ヤシコンと共に消えてしまったのかと思っていましたが、
未だ京セラの名で存在していたんですか・・

富岡光学は、ヤシコンのレンズを初期から作っていますし、
それ以前のヤシカ用レンズなども、マニアにはとても評価が高いようです。
私は、富岡銘のレンズというと、二眼レフのピジョンフレックスに付いている、
トリ・ローザーを使った事がありますが、(未だ手元にありますが)たしかに良いですよ。
3枚玉は思えないトーンの深み、
当時(昭和20年代前半)の国産レンズとしても、かなり高級なトーン指向に思います。

20100226_1659712
( PIGEONFLEX Tri-Lawser 80mmF3.5 RDP3 )

当時、普及していた、アイレスフレックス、ビューティーフレックス、リコーフレックスetc
の国産モデルも試していますが、まぁ経年劣化の問題などを差し引いても、
トリローザーの写りは、飛び抜けてると思いますし、比べるべきは、テッサーやクセナーなどの欧州レンズだろうと思いますね。
当時のトプコンのレンズ(プリモフレックス)など相手にならない感じです。

ピジョンフレックスは、エンドー写真用品と言うショップ?が
いくつかのメーカーに作らせたショップブランドのひとつで、
当時の八州精機(ヤシマ)・・後のヤシカが、初めて作ったカメラです。
ここから、ヤシマフレックスが生まれ、ヤシカフレックス、ヤシカマットなどが登場し、
ヤシカの二眼レフは大衆機として成功し、アメリカでも売れまくるようになります。

富岡光学はその過程で、60年代にヤシカの傘下となりますが、
必ずヤシカレンズ=富岡という事でもないらしく、詳細は良くわかりません。

例えば、ヤシカマットに付くヤシノンの、国産丸出しな貧弱なトーンは、
とても富岡とは思えません。

話が二眼に逸れましたが・・カメラひとつ取っても、当時の日本の話には、夢がありますねぇ。


でも今でもヨーロッパ数社からお声がかかる程評価が高いのはなぜなんでしょう?

ヤシコン中古市場では、圧倒的に初期玉優位の傾向がある通り、
富岡の作り方も当然変っているんでしょう。
が、Gシリーズや645のレンズを作っていたのも、同じ京セラオプテックなのだから、
デジ市場に出て来るのなら、そのようなCPのレンズを期待したいですね。
実際、コシナには、50mmF1.4以外、そういうツァイスがありません。

まぁソニーのレンズを全てそっちに投げでもいいよね?(笑)

因みに富岡、レンズ産業というと、野麦峠の辺りの工場を連想するかもしれませんが、
・・ヤシカはたしかに長野県にありましたが・・富岡というのは創業者の名前で、
東京は青梅の会社です。
ヤシカが京セラに吸収された後、暫くは富岡光学でしたが、
1991年に現在の社名に変更。。しない方が良かったのにね。